16
2017

携帯、テレビ、ゲームを禁止するのは教育に良くない?!

CATEGORY生活
ゲーム2


教育方針が厳しい家庭で育った者のなかには、子供時代にテレビやゲームが厳禁だった人たちもいるだろう。

その傾向は今でも顕著で、一流大学へ進学させるために勉強一本で行かせる家庭もあるそうだ。

そのような方針に、ネットでは心配の声が上がっている。


スポンサーリンク


結果あなたの子供は無気力人間になる?!


ネットの声をちょっと引用してみよう。


抑圧は後から爆発するだけ


・ゲームは子どもにとっては大きな話題だし、携帯はコミュニケーションツールとして必須


・どんな友達作らせるつもりだよ、全く同じ環境の友達見つけとかないと、コミュニケーションはとれない、流行りは何も知らない、勉強しか出来ない馬鹿になるぞ


俺はこのせいで無気力人間になった気がする ゲームやってる奴の方が知的好奇心というか、なんだろうね 色々物事こなすのが上手いと思うんだよ


・成長して自分でゲームを買ったら無性に悲しくなった、楽しいんだけど、もう友達とこんなことできないんだなって


出典:「テレビ携帯、ゲームは禁止」という教育方針に危惧の声 「かわいそう」「俺はそれで無気力人間になった」 キャリコネニュース



これ、すごくよくわかる。

というのも、わたしの周囲でもモデルケースが何人かいるからだ。


彼らは子供時代から「勉強しろ勉強しろ」と親にうるさく言われ、時には机の上で寝てしまうほど勉学に没頭し、結果どうなったかというと、彼らは大学には行かずに専門学校へ進んだ。



翻って、わが家は典型的な放任家庭だった。

勉強しろとも言われず、ファミコンを適当に買い与えられ、子供時代は兄弟でゲームに没頭していた。

(当時はまだ携帯もパソコンもなかったので、まさにファミコンが神だったのだ)



学校ではファミコンソフトや高橋名人(なつい)の話題で持ちきりだった。

中坊の頃は放送係だったので、中二病を発動して下校時の曲にドラクエの交響曲を勝手に流して教師に止められたこともあった。

(いやいや、あれはなかなか爽快ですよ、下校途中の生徒が即気づいて「あ、ドラクエだ!」とざわつき始めましたからね・笑)



子供時代に強制されたのはそろばん塾ぐらいで、子だくさんの団塊ジュニアらしく、当時の私はのびのびと育てられた(と思う)。

それでも親があまりに「勉強しろ」と言わないので、わたしはそのうち勝手に勉強するようになった。

(そのあたりの経緯はこちらの記事を参照のこと)



大人になって未だに Youtube のゲーム実況動画を楽しめるのは、子供時代にファミコンに没頭したあの経験があるからだ。

ブログを書くときも、いまだにドラクエのテーマ曲をBGMとして流す。

当時の記憶が担保になっているからこそ、大人になってもそれらのコンテンツをノスタルジーとともに楽しめるのだ。

「Youtube のゲーム実況動画がおもしろい!」を参照のこと)



任天堂の “小型ファミコン” が発売された当初、アラフォー以降の世代がこぞって飛びついたという。

が、中にはこんな声も聞かれた。

「自分は子供時代にファミコンを買ってもらえなかった。だから、ここぞとばかりに大人買いしたけど、今やっても全然楽しめない」



何かに熱狂できるのは、あの当時だからこそ、あの時代だからこそ、心が柔らかかった子供時代だからこそ、なのだ。

その芽を摘んで幼少時から勉学に打ち込ませたところで、果たしてそれが正解なのだろうか。

そのような子供は、いずれどこかで爆発してしまわないか。


いい大学を出て政治家や官僚になったところで、国民の気持ちがわからない「お勉強人間」になってしまわないか。


わたしの周りの東大出身者で、「若い頃は遊べなかったから」と、大人になってから急にキャバクラ通いを始めたり、異性関係が派手になった人がいた。

やはり反動はどこかで来るものだ。



ゲームばかりやらせろとは言わないが、ストレス解消のための2〜3時間ぐらい、いいではないか。

ゲームやテレビが友人同士の話題となり、それが共通認識を生み出す。

コミュニケーションの糧となる。



勉強だけの競争社会に子供のうちから放り込まれたら、周りをライバルとしか認識せず、つらい大人になるような気がする。

「大人になってここぞとばかりにファミコンを買ったけど楽しめない」なんて、さすがに悲しすぎるではないか。



もちろん、皆が皆、満足のいく人生を送れるわけじゃない。

「あの時ああしておけばよかった、こうしておけばよかった」という後悔は誰にでもある。


あの学校に行けばよかった、あの子に告白しておけばよかった、留学したかった、あの会社に行きたかった、あの人と結婚したかった、あそこに住みたかった、あの趣味をやりたかった、もっと人生を楽しめばよかった……。


後悔はとめどない。

そして、やり残した後悔を大人になってから補おうとしたところで、大抵は満足の行くものにはならない。

「何か違う」という違和感が残るだけだ。



子供には選択権がない。

親の方針がすべてとなる。

だからこそ、大人になってから後悔しない子供時代を過ごさせてあげてほしいと思う。





関連記事

○ 学歴難民・高学歴ワーキングプアがはびこるニッポンの異常

○ 任天堂 “小型ファミコン” 発売に、アラフォー&アラフィフ狂喜乱舞!

○ スーパーマリオランはクソゲーか? 【評価・口コミ・感想・レビュー】


スポンサーリンク

スポンサーリンク

Related