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02
2016

高畑淳子「ここが私の避難所」発言で批判殺到 〜加害者家族の「その後」について考える〜

CATEGORYエンタメ
お詫び


高畑裕太容疑者の母・高畑淳子が、主演舞台「雪まろげ」 の稽古を本格スタートさせた。

淳子は共演者との顔合わせで、「このけいこ場が私にとっての“避難所”になります」 と発言。

この様子を『とくダネ!』が取り上げ、コメンテーターたちが高畑発言への批判を繰り広げた。


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批判内容は以下のものだったという。


「(外部に)漏れると思わなかったんだろうけど、被害者にとっては嫌な言葉」(小倉智昭)

「被害者を置き去りにして自分たちの論理で進んでいる。(中略)それが連日繰り返されたら、 一生癒えない深さの傷になってもおかしくない」(木暮太一)

出典: 高畑淳子「ここが私の避難所」発言、とくダネ出演者から批判相次ぐ スポーツ報知



被害者第一に考えれば、この意見はもっともだ。

そんな "自分第一の発言" など被害者側は聞きたくないだろうし、配慮に欠けているとの見方もわかる。


とはいえ、罪を犯したのは彼女じゃない。

育児に関して母親としての責任を問われるにしても、淳子にだってささやかな "逃げ場" は必要だと思うのだ。



この一件で思い出したのが、2009年に公開された映画『誰も守ってくれない』だ。

この映画では、誰も扱わなかった「加害者家族の保護」という視点からストーリーが語られていく。

モントリオール映画祭で最優秀脚本賞を受賞している意欲作だ。



容疑者家族は、常にマスコミと世間の目にさらされる。

被疑者本人は刑務所の中だが、その加害者家族はどこにも逃げ場がない。


今回のばあい、罪を犯した高畑裕太も、その母親である高畑淳子も顔の知られた有名人だ。

高畑淳子は一体どこに逃げればいいのだろう?



裕太容疑者の一件で、「20歳を過ぎた我が子の犯罪は親の責任か?」というような街頭アンケートを某番組が行っていた。

調査対象は、裕太容疑者と近い年齢の子供を持つ母親たちだ。


アンケートの結果は 約半々 だった。約半数の人間が、「親の責任ではない」と答えているのだ。

『とくダネ!』のコメンテーターのように、批判する人間と同じ数だけ、高畑淳子に同情する者の数も多いだろうと推測する。



自身の謝罪会見において、「私が舞台に立ってはいけないのではないでしょうか」と東宝側に訪ねたとき、「高畑さんが立たないといけないんです。1万人の方が切符を買ってらっしゃるんです」と励ました東宝。

彼女にとって、舞台の現場は自分を守ってくれる唯一のシェルターなのだ。


「避難所」という言葉は確かに配慮が足りなかったが、それでも私は、加害者家族の人権も守られるべきと思うのだ。

責めるべきは裕太容疑者の犯した罪であって、高畑淳子の一挙手一投足ではない。



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